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太陽活動

「風立ちぬ」をみた

宮﨑駿の作品は半分ほどしか見ていないので、この作品がどのような目的を持って作られたかはよくわからないのです。裕福な家庭で生まれて自らの夢の実現のためにひたすら邁進した、飛行機設計者の人生に、美しいものの死期が迫っているというヒロインを加えてのストーリーに、なにか恣意的なものを感じてしまい、すっきりしない終わり方だったと感じました。世間では評価は真っ二つにわかれているようです。ナウシカや天空の城を想像していた人にとって、納得出来ないような評価はありました。その一方で、ひたむきに生きる技術者に共感を覚える人も多かったようです。僕自身はどちらの意見も一理あると考えます。

細かいところを言うとキリがないのですが、全速力で駆け抜ける人生というものは、苦労も多いが充実感も大きいだろうなぁと考えたりもしました。しかし、その一方で作品全体から見て取れる「一般庶民とはレベルの違う生活に身をおいて、やりたいことを追求する」というスタンスが、戦前戦時中の厳しい一般市民の生活との対比が見えるたびに、なんとも言えないやるせない思いに傾いてしまいます。もちろん、監督は狙っているのでしょう。また、主人公のマイペースさは、良くも悪くも周りを振り回しているところがあるようです。軽いアスペルガーっぽいフシもあるような気がしてなりません。この主人公に最も心を痛めているのが妹でしょう。もちろん、奥さんも振り回されていますが、自分が病気であるという負い目から、いろんな局面で遠慮が見られます。このようなシチュエーションを作ってしまったのも、おそらくそんな一歩後ろからついていって欲しい女性をストーリーに登場させたかった監督の希望があったのではないでしょうか?

タバコが頻回に出てくるとか、奥さんが可哀想という演出に対して多くの批判が出ているようですが、あの頃の日本というのは男性のほとんどはタバコを吸っていたし、女性の立場というのはやはり「一歩引いて歩く」というのが日常だったと推測できます。大人が見る映画なら問題なかった(ある程度時代背景を理解した上で鑑賞する)と思いますが、アニメという性格上子供が見るかもしれないということが事を大きくしてしまったと思われます。

なにか、大きな矛盾を抱えた映画であることは確かです。堀越の自らの夢や理想に向かって全力で駆け抜けた人生(しかも日本の運命も背負っていた)には、感動を覚えました。しかし、その一方で愛する女性(どれぐらい愛しているのかがいまいちわからない。どちらかと言うと、自分を愛してくれた女性)に寂しい思いをさせてしまうところや、親族が訪ねようが一向にお構いなしなところなど、自分最優先な生き方に何か嫌な感覚を覚えてしまう自分がいることも確かなのです。おそらく、そんな悩みを監督は身を持って感じていたのではないでしょうか。仕事一筋で好きなことを一生懸命突っ走っているが、家族や周りの人たちに負い目を感じていたのではないかと心配になります。

じつは、堀越の生き方を見ていると、自分が同じように身勝手な生き方をしていると感じてしまい、更に嫌な思いがふつふつと湧き出て来るのです。いや、そんな優秀な技術者でもない、一市民なわけですが、仕事が忙しくなると数日間家に戻ってこれないこともあり、現代の価値観にはそぐわない生き方だと自問自答しながら生活してきた自分が、この映画を見ることによって更に自身の嫌悪を助長してしまうのがなんとも後味が悪かったのです。

やはり、この映画は時代背景を十分理解し、様々な視点から考察できる、「大人」がみる映画であると言えます。また、年老いてから改めて見ると、違う感想を得られるかもしれません。20代に観てわかったと思っても、歳をとってから改めて見るべきです。宮﨑駿の自らの矛盾と苦悩を織り込ませたこの作品は、複雑な解釈によって何度も語られる作品だと考えさせられました。

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