道路は凍結、ノーマルタイヤで果敢に出勤した人たちが坂道を上る事ができず立ち往生。雪国での運転が長かったので、これくらいの雪はたいした事ないと思っていたのですが、都会の人には厳しかったようです。
横川のおぎのやというと、皇室御用達「峠の釜飯」で有名です。写真は横川駅前にある本店ですが、その手前にある溝のふたが面白い。アプト式レールというラックレール(歯車)を並べているんです。知っている人なら、「おお!」と思う所だと思います。荻野屋の主人もそうとう鉄道がすきと見受けまして、道を挟んでちょっとした鉄道展示博物館があります。
軽井沢ー横川と言えば、最初に行ったのは急行能登号で東京に行った時に通過しただけでしたが、軽井沢には一応何分か停車した記憶が有ります。その時はずいぶん寂しい所と思っていました。その急行能登も始発が福井から金沢に変更となり、今は臨時列車として残るのみとなりました。上野から北陸に戻る時はこれまた大変で、上野駅から静かに発車するはずだったのが、直前に酔っぱらいのサラリーマンが大量に乗り込んで電車はすし詰め状態。大宮・高崎などの最終列車としてにぎわっていました。(マナーはとても悪かったと記憶しています。)あるとき豪快に酔っぱらった人が乗り込んで来て、そのまま眠りこけてしまったのですが、当時軽井沢は新幹線の駅を作るために夜間ホームが使えなくなっていました。確か、高崎辺りを出ると直江津まで止まらなかったんですよ。一眠りして起きて、車掌さんに、「あ〜、いつになったら高崎に着くの〜?」「お客さん、もう高崎は過ぎましたよ。この電車は迂回路線をいくので、次は直江津まで止まりませんよ!」(車掌さんも、ちょっと冷たく言い放つ)酔っぱらいの客は一瞬で酔いが醒めてしまい、自販機で買ったコーヒー片手に呆然。再び車掌さんがやって来て、「しょうがないですねぇ!」といいつつ、帰りのルートを説明していました。はくたかと上越新幹線に乗り継ぐルートで、「まあ、明日朝の出勤は諦めてください。」と言ってましたね。「一応、担当の人には連絡しておきましたから運賃はかかりませんが、以後は気をつけてくださいよ!」と言われていました。これと同じようなネタとしては、SUPER BELL"Z Morter manにも有りましたねぇ。
横川のおぎのやというと、皇室御用達「峠の釜飯」で有名です。写真は横川駅前にある本店ですが、その手前にある溝のふたが面白い。アプト式レールというラックレール(歯車)を並べているんです。知っている人なら、「おお!」と思う所だと思います。荻野屋の主人もそうとう鉄道がすきと見受けまして、道を挟んでちょっとした鉄道展示博物館があります。
軽井沢ー横川と言えば、最初に行ったのは急行能登号で東京に行った時に通過しただけでしたが、軽井沢には一応何分か停車した記憶が有ります。その時はずいぶん寂しい所と思っていました。その急行能登も始発が福井から金沢に変更となり、今は臨時列車として残るのみとなりました。上野から北陸に戻る時はこれまた大変で、上野駅から静かに発車するはずだったのが、直前に酔っぱらいのサラリーマンが大量に乗り込んで電車はすし詰め状態。大宮・高崎などの最終列車としてにぎわっていました。(マナーはとても悪かったと記憶しています。)あるとき豪快に酔っぱらった人が乗り込んで来て、そのまま眠りこけてしまったのですが、当時軽井沢は新幹線の駅を作るために夜間ホームが使えなくなっていました。確か、高崎辺りを出ると直江津まで止まらなかったんですよ。一眠りして起きて、車掌さんに、「あ〜、いつになったら高崎に着くの〜?」「お客さん、もう高崎は過ぎましたよ。この電車は迂回路線をいくので、次は直江津まで止まりませんよ!」(車掌さんも、ちょっと冷たく言い放つ)酔っぱらいの客は一瞬で酔いが醒めてしまい、自販機で買ったコーヒー片手に呆然。再び車掌さんがやって来て、「しょうがないですねぇ!」といいつつ、帰りのルートを説明していました。はくたかと上越新幹線に乗り継ぐルートで、「まあ、明日朝の出勤は諦めてください。」と言ってましたね。「一応、担当の人には連絡しておきましたから運賃はかかりませんが、以後は気をつけてくださいよ!」と言われていました。これと同じようなネタとしては、SUPER BELL"Z Morter manにも有りましたねぇ。